離婚日記~夫婦を続けるためには

50代女子。離婚を決めました。どんなふうになっていくのかわからないから・・その道のりを綴ってみようと思います。

娘の訴え

物事にはプロセスがある。

そうなるまでの道のりが。

俺様はそこを省く。

そこは関係ない。

結果だけが全て。

そうなる過程にどんなやりとりがあり、感情があったのかなんていうのは、考える必要がない。

何度も体当たりをしてやっと、俺様がそういう人間だと最近になって気づいた。

 

どんな人にも、コイツの頭の中をかち割って見てみたいと思う相手が、ひとりやふたりいるだろうか。

私の場合は俺様。

いや、もうひとりいた。

息子が中学時代に「いじめ」にあっていて、その相手の子の親がそうだった。

いろいろな事件があったのだが、それをすべて書くとまたひとつのブログが出来上がってしまうので省くが。

その子が学校で、息子の水筒のお茶を毎日飲んでしまうということが、ある日わかった。

水分をとらなかった息子が気持ち悪いと言って帰ってたので、聞き出したらそうだった。

その他にも、その子の息子に対するいじめはつかんでいたので、意を決してその子の家に電話をしてみた。

「お宅の子がうちの子の水筒のお茶を全部飲んでしまっているので、うちの子が気持ち悪いと言って帰ってきた。明日からもっと多い量をそちらで持たせてほしい。」

他に言いたいことは山ほどあったが、できるだけ穏やかに話してみた。

が。

確認するからと言って少し待たされあと、返ってきた言葉に驚愕した。

「うちの子に確認したら、全部は飲んでないということでしたけど?お宅の子、ウソ言ってますよ」

次に言う言葉を失った。

予想していたのは「すみません・・」と言う言葉。

その親は息子がウソをついたということに(これは相手の子のデマだとは思うが)焦点をあて、それを突き詰めることで、お茶を飲んでいるという事実をごまかそうとしていた。

こちらは怒りが爆発しているのでその手法に気づかない。

私が俺様に向き合って何遍も打ちのめされてきたのは、俺様がこの手法を使っていたからだとあとになってわかった。

あの親と俺様の共通点。

決して謝らないこと、謝りたくないから問題点をすり替えていく手法。

あまりにも私の中では理解しがたい人間で、頭をかち割って見てみたいとずっと長い間思ってきたが、こうして頭をかち割らなくてもコイツがこういうヤツだったと位置付けられるようになったのは、あの親のおかげだったと今は思える。

俺様とあの親は同類だった。

何かが定まって楽にもなった。

 

自分の物差しで見てはいけないことはわかっている。

自分を変えた方が楽なのもわかっている。

でも、自分とあまりにも大きくかけ離れてる人間に抱く「何故?」を、どうコントロールすればいいんだろうか。

私は長い長い時間をかけて、その答えを出すことになる。

長い時間がかかったのは、私があまりにも不器用な人間だったからでもある。

自分を苦しめていたのは、他でもない自分自身だったりもする。

 

その夜、娘も語り出した。

「私はずっとお父さんを求めていたと思う」

私は娘のそういう気持ちに気づいていたし、話もしてきたし、母としてその隙間を埋めてきたつもりだ。

娘が寂しかったと話すのはこれがはじめてではないから、俺様にはひとつのフレーズとして残ってはいたようだ。

娘はいつもよりも多くを語った。

小さい頃から甘えん坊で、いつも私の足にしがみついているような子だった。

仕事の休みの日、その頃の俺様はソファーでよく寝ていた。

仕事も今よりはかなりハードだったため、それも仕方がないが、なぜか自分の部屋ではなくリビングにいる。

これは今と変わらず。

自分の部屋の方がゆっくり休めるだろうし、こちらも目障りなものがなくていい。

居れば邪魔だし、居るなら頼りたくもなる。

「少しは子どもたちと外で遊んであげてよ」

何度かそう言ったことがある。

子どもたちも期待して父親を見る。

ところが。

ほとんどがキレて、怒鳴るパターン。

「うるせ~な。てめえでやれよ!俺を頼るな!!」

その怒鳴り声を子どもたちもまともに聞くことになる。

まるで自分たちが怒鳴られているかのように感じていたのだろう。

「私が遊んでほしいって言うたびに、いつも怒鳴られた」

・・それはお母さんに怒鳴っていたんだよ。

まとわりつく娘に、俺様はあとでねと言って寝転がったまま、決して起きはしなかったけどね。

「ディズニーの時も恥ずかしかった・・」

娘が続けた。

小学生だった頃。

ディズニーランドへ4人で行ったときに、たまたま娘の学校の友達がやはり家族で来ていた。

朝ホテルに着いて、俺様は疲れたのかロビーに座って寝ていた。

用があったので起こすと、大声で怒鳴られた。

「俺は寝てんだよ!!」

娘はそのとき同じロビーにいた友達を意識していた。

その後その友達とパークの中で再びすれ違ったときも、俺様は怒っていた。

アトラクションにもう1度乗りたいと駄々をこねた娘に、俺様がキレていた。

友達に気づかれたかをとても気にしていた娘。

俺様の方は、そんなことは当時も気にしていないし、今も当然覚えていない。

「お父さんはどこへ行っても怒っていた。それがいやでたまらなかった」

私はそんな子どもたちの気持ちがわかっていたので、その後はどこへ行くのも俺様を誘わなくなった。

母子3人で過ごしていた方がずっと楽だった。

子どもたちも私と同じ気持ちだと思ってはいたが、娘の方は高学年になっても寂しそうにはしていた。

子どもと楽しそうに戯れるどこかの父親を、じっと見つめていたときもあった。

 

俺様は僅かに反論しながらも娘の話を聞いている。

その頭の中では、どう話をすり替えようかきっと探っているに違いない。