離婚日記~夫婦を続けるためには

50代女子。離婚を決めました。どんなふうになっていくのかわからないから・・その道のりを綴ってみようと思います。

日常にもどる

俺様が折れて、終戦記念日騒動は幕を下ろした。

エアコンのリモコンの設定温度騒動で離婚の文字がはじめて私に降りてきて、終戦記念日騒動で初の交渉を試みた。

今現在我が家はどうしているかというと、普通に皆過ごしている。

我が家の騒動は、もっと深刻な離婚騒動の渦中にいる夫婦から見れば茶番のようなものだと思う。

俺様と私は合わないというだけで、俺様からひどい暴力を受けたり、生活費を入れてもらわなかったりするような不幸なものでもない。

息子に言ったように、頑張れば我慢ができる範囲だと私は思っている。

きっとこういう我慢は、世の中のほとんどの女性が感じているものなんじゃないかと思えるから、こうして寂しさを感じながらもまた日々を繰り返すことになる。

ちょっとは我慢せい!そう言い聞かせて。

・・・でもね。

老後一緒に過ごすことはやっぱり想像ができない。

子どもたちが巣立ったあと、家の中でふたりでいても、ひとりを感じて過ごすだろう。

ていうか、ひとりを求めて過ごすだろう。

買い物や旅行も一緒に行くことはないと断言できる。

そしていつも思っているんだろう。

「早く死んじゃえばいいのに」って。

 

少し前までは求めていた。

こうしてほしいとか、こうであってほしいとか。

今はそのいう気持ちが0%といっていい。

結婚して30年以上が経ち、やっと見つけることができた「心を求めない関係」。

俺様が異常なのか、私が特殊なのか、こんなにも長い時間をかけてようやく辿り着いた場所だ。

これはもはや夫婦ではなく完全な同居人であり、俺様はどう考えているかわからないが、私の中では精神的な離婚はすでに成り立っている気がする。

そう、私はとうに俺様を夫と認識して暮らしていなかった。

都合があり、同じ空間で過ごさなければならないからそうしている。

でもそれは本来はおかしなことだから、そのひずみが形となって現れて、こうして時々騒動となる。

地震のようなものだ。

地盤のもろさに気づきながらも、なんとかその上で生活できるだけしていこうと考えている、滑稽で愚かな人種だ。

 

そもそも、これだけウマの合わないふたりがなぜ結婚をしたのか。

俺様と付き合いを始めたのは、俺様がひとったらしであったからという他に、私の周りに居ないタイプでそこに魅力を感じたから。

同じようなテンションで、何時間も同じような話を続け、同じことをして盛り上がっていた仲間同士の中で、俺様は異色だった。

どこか冷めていた。

一線を引いていた。

そこに惹かれてしまった。

今ならそれ、違うから!ってはっきりと言える。

俺様は、単純に何にも興味を示さなかっただけ、欲がなかっただけ、情がなかっただけ。

クールに思えたのは、面倒なことが嫌いで、関わり合いを持ちたくなかっただけ。

人は自分とあまりに違う人間に興味を持ってしまうもので、そこを魅力に感じてしまうことが俗にいう「若気の至り」ってやつで。

完全にそれだった。

娘にあとで言われた。

仲間内で、一晩中人生論を語り合った男友達がいた。

語っても語っても尽きなかった。

その話をすると、「お母さんに合っているのはそういう人だったんだよ」と。

類は友を呼ぶという言葉通り、私の周りにはそういう男友達が多かった。

娘の言うとおり、自分に似た類のその中で生涯の伴侶を見つけることが幸せにつながったと思える。

それでもまだその時は、結婚なんて考えてはいなかった。

それなのに・・

私がある事件の被害者になってしまったことで将来を心配した両親が、とっとと当時付き合っていた俺様と結婚させてしまおうと話を進めてしまった。

人生はいろんなものが交差してつくられていくものだ。

 

 

この回からタイトルに「~夫婦を続けるためには」とつけてみた。

離婚なんて考えなくてもいい夫婦になるために、参考になるアドバイスを加えていこうと思っている。

 ■私からのひと言■

周りにはいないタイプだと魅力的に思えるけど、その魅力はきっと本物じゃないよ・・