離婚日記~夫婦を続けるためには

50代女子。離婚を決めました。どんなふうになっていくのかわからないから・・その道のりを綴ってみようと思います。

スタンプカード

あとから思えば、あれっ?て思うようなことはたくさんあった。

やはり1番は、性的な要求が何もなくなったということ。

私にはもともとそういう欲がなかったし、俺様への愛情は自分の中でほとんど感じられなかったので、求められなくなった傾向をむしろ歓迎していたし、放置していた。

2番目に感じたのが、若い女性を見る目つき。

まだ子どもたちが小学生だった頃、家族で沖縄に行った。

私はレンタカーの手続きをしながら、何気に少し離れたところにいる俺様を見た。

俺様はじっと、若い女の子のグループを見つめていた。

その時は若い頃からそんなふうにちらちらと見る癖もあったし、この女好きが~と軽く思っていたが、その後、ビーチやプールでビキニ姿の女の子を見る目つき・視線が、どことなく以前のものとは違う感じがした。

なんだろう・・

この騒動があってからそれを思い出し、ピッタリの表現を見つけた。

俺様は彼女らの水着の中身を見ていたんだ。

きもい、きもい、きもい・・

まぎれもなく、そういう視線だった。

もうひとつ思いつくのが、8年ほど前のクリスマス・イブ。

我が家は、私がいつも子どもたちのプレゼントを用意して、イブの夜に外のテラスにそっと置いておく。

メリークリスマス!と乾杯し、食事を終えた頃に、サンタさんがそろそろ置いていったかもと言って子どもたちが外のテラスに出てみて、「わ~い!」となるパターン。

いつものように外からプレゼントを持ち帰っきた我が子の手には、3つの箱があった。

ひとつ多い。

てっきり、私が用意したプレゼントの他に、未だかつてないけれど俺様が子どもたちのために何か用意したのだと思った。

やるじゃん!

娘が喜んで開けてみると、出てきたのはなんとCOACHのバッグ。

娘は「こんなのいらない」と言って放り投げ、もうひとつの箱に手を伸ばした。

びっくりした私に、「いろいろと苦労させたかなと思って・・」というようなことを(正確にはうれしくて覚えていないが)小さな声で俺様が言った。

私はすぐにバッグを拾い上げて、ありがとうと言った。

うれしかった。

近くにある百貨店で買ったものだから、かなり奮発したはずだ。

俺様はありがとうも滅多にいわず、ごめんなさいは皆無、そしてそして、何かサプライズで私にプレゼントなんてことは、100%ありえないと思える人間。

子どもたちにでさえ、そんなことは1度もない。

まあたしかに、それ以降はゼロだったが。

なにしろ、びっくりしたし、うれしかった。

でも・・だ。

これも後から思えば不思議な話。

まず、俺様はCOACHなんてブランドは知らない。

百貨店なんてわざわざひとりで行くはずもない。

事件が発覚して、数年経って、オメデタイ私はやっと気づく。

キャバクラだか風俗だかのお姉さんにせがまれて買ったついでに、私のを買ったんだ。

そういうことね・・

謎が解けた。

他にも色々とある。

音楽やアイドルなんて興味がなかったのに急に少女時代にハマったり、下着を自分で買うようになったり。

すべて、あとから「そういえば・・」と気づいたこと。

その時々で疑問符はあったものの、毎日が忙しく流れている中だし、俺様への関心も薄いし。

こうしてあとになって、全部につじつまが合う。

 

そして、パンドラの箱は開けられた。

キャバクラの名刺事件の翌日。

その日は子どもたちがいたし、俺様はゴルフだったから、土曜か日曜の休日だった。

何かにコントロールされているかのように私は、俺様の部屋に入り、あろうことか俺様のバッグを手にしていた。

この中から、きっと他にも出てくる・・

確信めいたものがあった。

バッグの中を念入りに探った。

・・見つけた。

指名と書かれた女の子の名前のスタンプが押されているスタンプカード。

どこかの店の会員証だった。

心臓がバクバクした。

すぐにパソコンに向かった。

店の名前を検索する。

指先が震えてうまくキーが打てない。

そして写し出された画面は―

心臓が音を立てて飛び出しそうになる気がして、思わず胸を押さえた。

この歳になって、こんな衝撃をうけることになるとはね・・

 ■私からのひと言■

周りの変化に気づかない人は、情の薄い人だと思う。家族の変化のみならず、季節の変化、風景の変化・・。そういうものに疎い人は、自己中の傾向が強いと思う。