離婚日記~夫婦を続けるためには

50代女子。離婚を決めました。どんなふうになっていくのかわからないから・・その道のりを綴ってみようと思います。

お金

俺様の風俗騒動は、もう私の中ではどうでもいい場所に収められている。

それに対する感情は間違いなく何もない。

ただ唯一、そのことで少しだけ沸き立つ何かがあると言えばお金に関してのこと。

健全ではない、家族を傷つけるだけの遊びに、いったいいくらのお金を費やしたのか。

それだけが悔しさとして私の中に残っている。

 

思えば俺様との30数年で、お金に悩まなかった期間の方が少なかったような気がする。

まず結婚当初から、ふたりにはお金がなかった。

私はニートのような暮らしをしていたし、俺様もまだまだ若く、貯金など無かった。

そんなふたりを私の親が慌てて結婚させてしまったものだから、当然裕福であるはずがない。

結婚式と新婚旅行の費用は、私の親が全て支払ってくれた。

俺様の親は費用は一切出していない。

私の母はそのことでずっと不満を口にしていたが、なんとか娘を貰ってもらいたい一心だったので、仕方なく目をつぶっていたようだ。

俺様自体は、そのころはひとったらし全盛期だったので、費用を出してくれた私の親には感謝していて、変わらず愛想がよかった。

ただ、今から考えてみると、俺様は感謝をしていた素振りを見せてはいたが、おそらく、結婚式であるとか、新婚旅行であるとかには、あまり興味がなかった気がする。

もっと言うなら、結婚自体、もしかしたらする気はなかったのかもしれない。

過去に何かに熱を入れたことが皆無と言っていた俺様は、どうしても嫌なもの以外はなんとなくの流れに身を任せることができたんだろう。

 

裕福ではなかったが、私も働き始めて、それなりにケンカもしながら仲良くもして暮らしていた。

ただ、不満はあった。

俺様はどこにも出かけない。

いつも家にいる。

私はどこかおしゃれな店に行ったり、人気のスポットに行きたい気持ちがあったが、俺様はほぼ出歩こうとしない。

何にも興味を示さないが、行こうと誘えば一緒に付き合う。

きれいな景色を見にドライブに誘うと、「景色を見てどうするの?」と言われたことがあって、面食らった。

それでも、山に紅葉を見に行ったりもした。

そういうとき、そばにきれいな湖があるとしたら、ちょっと足を延ばして行ってみたいと思うのは私にとっては自然なこと。

でも俺様はそんなことはこれっぽっちも思わない。

湖に行く話は聞いていなかったから、このまま帰ると言われて、しばしばケンカもした。

当時はなんでこうなんだろうと不可解だったが、今ならわかる。

俺様はそもそも山だろうと紅葉だろうと湖だろうと何の興味もなく、ただ夫としての義務を全うしていただけ。

それだけでも無理をしているのに、それ以上はキャパを完全に超えてしまう。

怒り出すのは当然だろう。

それから。俺様とは話も続かない。

俺様は同じ話題を長く続けることはない。

興味がないし、情もないから、結論まで至らなくても平気。

今だから俺様のことがよくわかっていて仕方ないと思えるが、当時の私は常に不完全燃焼だった。

お互いが無理をしたり、我慢をしたりしていた。

でも若さがあって、愛情もあったので、だから暮らせてきたんだと思う。

若いってことはすごいことなんだなって思える。

黒だって白だって、関係なくいられるんだから。

今じゃあ、完全に無理!

当然今の私たちは、別行動でいることが多い。

 

若さもあり、俺様のひとったらしも続いていて、子どもも長く生まれなかったので、恋人のような友達のような関係で、ケンカをしても遊びながら楽しく暮らしていた。

ただ、俺様には秘密があった―

内緒の借金。

銀行や消費者金融からで、200万円くらいだったと思う。

確かな金額も、どうして私にバレたのかも、俺様がそれを何に使ったと言っていたのかも、どうやって返済したのかも、もう何も覚えていない。

ただ、私が泣いたことは覚えている。

そして、俺様の母親に相談したことも。

借金を知って一番に相談したのが義母だった。

自分の親に言えるわけがない。

私は当時働いていた会社の倉庫から、義母に電話をした。

俺様が借金をしている、どうしようかと。

その電話の内容はよく覚えている。

俺様と同じひとったらしの義母は、「そうなの・・」と言ったまま黙ったあと、「あ、ごめんね誰か来ちゃった・・またね」と言ってその電話を切った。

あっという間だった。

裏切られたと感じた。

倉庫の電話の受話器を握りしめて、しばらく呆然としていたのを覚えている。

 

私たち夫婦には、常にお金の問題が付きまとっていた。

息子が生まれて義父母との同居の話が出た。

長男である俺様は同居を望んでいた。

お金もなかったし、息子はよく泣いてアパート暮らしも肩身が狭かったし、義父は難ありだが義母は人当たりはいいし・・私も気持ちが傾き始めた。

義父母はあの汚い家を10年ほど前に建て替えていた。

それを2世帯住宅に改築することを条件に私は同居を決めた。

しかし、こればかりは私の親は大反対だった。

さすがに、あの義父母との毛並みの違いに無理を感じていたのだろう。

でも私は、ここでも忠告を無いものにしてしまった。

今の自分の災難は、すべて自分が選択して招いているものだと言える。

 

お金がないことは不幸なことだ。

すべてわかっていたことなのに、なぜか私は引力のように引き寄せられていく。

俺様の親にお金が無かったのは、結婚式のときわかっていたはずだったのに・・

見て見ぬふりをしたのか、単細胞だったのか、悪いことは何も考えずに、私は架空のお花畑に足を踏み入れていく。

 ■私からのひと言■

同性でも異性でも、おしゃべりが続かないのは自分にとっては合わない人かも・・