離婚日記~夫婦を続けるためには

50代女子。離婚を決めました。どんなふうになっていくのかわからないから・・その道のりを綴ってみようと思います。

回避

そろそろ年末の掃除を始めようとあちこちを片付けはじめている。

ここ数年大掃除の際は、俺様にはこれとこれをやってほしいという要望を前もって伝えておくことにしている。

伝えて了承を得ることはとても重要なことで、これが無いと狂ったように怒り出すことになる。

俺様は伝えてないことはやらない。

了承を得ていてもそれ以上のことをついでに頼むと、途端に機嫌が悪くなり、しまいには「俺はやらねえ!!」とソファーの定位置に座り込む。

困るから手伝ってと言っても、「なんで俺がやんなきゃなんだよ!!!」と怒鳴り散らす。

少し時間を置いてまた頼むと、ひどく機嫌悪そうに最低限のことはしてくれる。

毎年こんなふうに怒鳴ることが定番だった。

やりたくないことをやらされる。

それが許せないんだろう。

やっとここ2~3年は、多少機嫌を損ねることはあってもなんとか怒鳴らずに終わっている気がする。

私の下準備と気遣いの賜物だが、俺様自身もあきらめることを覚えたようだ。

ただ、油断はできない。

ビクビクはつきものだ。

 

家事は女がするものだという考えがしっかりと根底にある。

「なんで俺が」という言葉は何度となく聞いてきた。

俺様が家事が大嫌いなのは 、まさしく義父譲り。

義母も家事が嫌いだったので、あの家は目覚ましいスピードで汚らしくなっていくわけだ。

あの義父が少しでも違う人間だったら、いろんなことが変わっていたとつくづく思う。

義父母から離れてしばらくして、俺様が俺様度をより一層パワーアップした頃に、元凶は義母ではなく義父だったのだと気付いた。

義父がもう少しいい人だったら、義母は借金などしなかったのではないか。

義母は話も聞いてもらえず、義父に寄り掛かることもできず、きっとひとりで道を探していたんだろう。

今の私と同じだったのかもしれない・・

 

 

4歳の娘に気苦労をかけてまで、義父母との生活を続けることはできなかった。

そのうえ私の体調も悪くなり、食欲も日増しに無くなり、いつも吐き気を感じていた。

「この家から出て行きたい」

そうはっきりと俺様に言った記憶がまったくないのだが、いつの間にやらそういう話になっていった。

そしてある休日の昼間に、あの万年動かされたことのないどんよりとした炬燵で最後の話し合いがはじまった。

一部分のみ覚えている。

俺様も一緒に出て行く流れになっていた。

定かではないが、何かの条件を義父母に突きつけていた。

「これを受け入れないと俺たちは出て行くことになる。それでもいいのか。」

俺様のいつもの威圧的な言い方。

自分の母親にこんな言動をすること自体、考えられない。

小さな頃から義母に対しての義父の口の悪さをみてきたせいか、俺様も俺様の弟たちも自分の母親に対する言動はひどいものだった。

ババアとか平気で言う。

義母が何か言っても高圧的に否定する。

私の実家ではそんなことは許されなかった。

私自身、自分の子どもたちにもそんなことは許していない。

やっぱり元凶は義父だ・・

 

俺様がこうして義両親に条件を付けて迫った時に、あまりの高圧的な態度を不憫に思い、私が助け舟を出した。

がんばってやっていきましょうか的なことだったと思う。

その時、私のそのひと言を待っていたかのように、俺様が喜んで義母に言った言葉が今でもものすごく大きく私の中に残っている。

「ほら、〇〇(私の名前)がそう言ってる。うんって返事しろよ。うなずけばそれでいいんだよ。このままで6人で暮らせるんだよ」

私―

この家を出たい。義父母とはもう暮らしたくない。申し訳ないが自分と子どものことだけを考えて生きていきたい。

俺様―

本当は出て行きたくない。このままでは毎日が苦しいが、義父母を見捨てることはできない。

これがその時点でのふたりの想い。

今なら俺様の気持ちは理解できる。

自分の親を捨てるなんてことは難しい。

でもその時の私は、裏切られて、信じられなくて、義両親を見捨てることを申し訳なく思いつつも、逃げたくて逃げたくてしかたなくて、自分と子どもの将来のことしか考えたくなかった。

一緒に出て行こうとしているのに、私と俺様には大きなズレがあった。

だから俺様が義母に必死になって「うなずけよ」と言ったあの言葉が、やっぱりこの人が私と子どもを優先することは有り得ないのだと決定的に思えて、心の中に強く残った。

 

そして義母がそんな俺様にとうとう引導を渡した。

「私とお父ちゃんは、ふたりきりでやっていきたい」

強い口調だった。

この義母の言葉ですべてが決定し、俺様は怒った後に肩を落とし、私は救われた。

義母も私たちと離れたかったのだと思う。

義母には多少の仕事があるので、それでなんとか生計を立てていきたいと言った。

当然、俺様はそんなことができるはずないと怒鳴ったが、誰もがその場所から逃げたかった。

俺様だけが将来を危惧していた。 

 

■私からのひと言■

同じ方向を向いているからといって、同じ気持ちではないと気付いた時が一番寂しい・・